1月11日鏡開きの日、僕はブラジル丸の微かな記憶を潮の匂いと共に手繰り寄せながら船を待っていた。
地中海に浮かぶ楽園イビザや牢獄だったプロヴァンスのイフ島など、何故か僕は島に惹かれるものがある。
僅か10分程、今回の船旅の行き先は答志島の桃取。
今シーズンから訳あって観光する人もずいぶん減った水産業の町。子供の頃からよく知る美食家の後輩に紹介してもらった藤栄水産の清水さんに案内してもらい、雨の中小舟に乗りこみ牡蠣の筏へと向かう。厳しい寒さの中、お手伝いし改めて感じる作業の大変さ。50メートル程離れた筏とで潮の流れや入りが違うため、牡蠣の大きさや成長の早さが違う事など、感覚が無くなった手で提灯と呼ばれる網を握りしめながら、生の声を多く聞いた。工場に戻ると、子供の頃学校で見たような焼却燈の火がメラメラと燃え盛り、冷え切った身体を温めてくれる。
その鉄板の上に並べられた大きな牡蠣。横でカンカンと牡蠣を仕分ける刃物の音を聞きながら僕は海のミルクをいただく。
ただ、無造作に焼いただけの牡蠣に衝撃を受けた。高密度な味わいと香りのボリューム、いつまでも続く余韻。桃こまち、人生で一番の牡蠣に出逢えた。
清水さんのこれからの覚悟と桃取の恵みを車に積み込み、ブラジル丸と佐田浜を後にした。