三重大学野崎哲哉教授とバイオコモ株式会社
経鼻噴霧型RSウイルスワクチンを開発
台湾企業が製造パートナー
三重大学大学院医学系研究科感染症制御医学・分子遺伝学分野の野阪哲哉教授と菰野町のベンチャー企業バイオコモ株式会社(福村正之代表取締役)は、乳幼児や高齢者が重症化肺炎を引き起こすことがあるRSウイルスに対する遺伝子組み換えワクチンを開発。今春、日本医療研究開発機構(AMED)支援の下、ワクチン製造パートナーとして台湾政府系企業のTFBS Bioscience社(台北市)がワクチン製造パートナーとして選ばれ、国際的ガイドラインに則った、ウイルスベクターワクチンの製造工程開発と製造、品質試験、安全性試験を行うことにより、経鼻噴霧型RSウイルスワクチンの早期実用化を目指す。
RSウイルスは感染による呼吸器の感染症。「突発性発疹」と呼ばれ、生後1歳までに半数以上が、2歳になるまでにほぼ100%の児が少なくとも1回は感染し、生涯再感染を繰り返すウイルス。症状は発熱や咳といった呼吸器症状が多い。
生後6カ月未満の乳児に感染すると概して重症で、細気管支炎や肺炎になることが少なくない。国内では、2歳未満の子どものうち、年間約12万~14万人が診断され、その4分の1ほどが入院すると推定されている。酸素や輸液の投与といった対症療法が中心で、RSウイルス感染症そのもの対する治療薬はない。これまでは、重症化リスクの高い乳幼児の重篤な下気道疾患の発症を抑制する高額な「シナジス」(一般名・パリビズマブ)が承認されているのみだった。
最初に感染したときに重症化しやすく、乳幼児は気管支炎や肺炎になりやすい。2回目以降は軽くなり、大人は鼻かぜですむことが多いが、基礎疾患のある人や高齢者では上気道感染から重症の下気道感染に進展することがある。国内の60歳以上における1年間の入院者数は約6万3000人。また、そのうちのおよそ4000人が死亡していると推定される。
世界では年間6000万人は感染し、16万人が死亡。国内では年平均30人が死亡している。米国では年間400例ほどの小児がRSウイルス感染症により死亡と推定。5歳以上の小児の犠牲者は毎年世界で10万人を超える。
★人体で増殖しない
三重大学大学院医学系研究科感染症制御医学・分子遺伝学分野の野阪哲哉教授と菰野町のベンチャー企業「バイオコモ」(福村正之代表取締役)は、ウイルスに対する遺伝子組み換えワクチン開発。体内でけっして増殖しない独自のウイルスベクター(ウイルスの運び屋=BC-PIV)「BC-PIV」を作成。遺伝子組み換えワクチン作製のプラットホーム技術を開発してきた。
ウイルスは鼻やのどの粘膜にとりついて感染を引き起こすが、鼻ワクチンは、接種時に痛みがないうえ、感染を防止する効果が高い。鼻や喉の粘膜に抗体ができ、ウイルスが粘膜に感染しようとするのを防ぐ。
★RSウイルスワクチン開発
野阪教授とバイオコモは、新型コロナウイルス発生以来、「BC-PIV」を用いていち早くワクチン開発に取り組んできた。この事はこれまで本紙でも紹介した。
開発中のRSウイルスワクチンは、病気のウイルスのタンパク質を作るよう遺伝情報を設計した人工「mRNA」よりもはるかに安定性の高い「RNP複合体」を形成。感染防御効果を含めたすべての免疫を効率よく誘導することが可能。BC-PIVは抗原タンパク質をベクターに搭載できることに加え、鼻粘膜になじみが高いため、鼻からの投与によりウイルスの侵入をブロックする。免疫機能が未熟な乳幼児や高齢者のワクチンとして、より効果が高く副反応が少ない。
野阪教授は「BC-PIVを用いた鼻スプレーワクチンは、呼吸器感染性ウイルスの自然感染に近く、専用の細胞以外では2次感染性粒子が産生されないため、人の体内では決して増殖しない。体に対する負担が比較的少ない様式で強い免疫を引き出すことが期待されます」と話す。RSウイルスの乳児へのワクチンは世界初となる。
★SCARDAから研究費ファウンディングに採択
昨年4月、国家戦略「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を踏まえて、感染症有事に国策としてワクチン開発を迅速に推進するために平時からの研究開発を主導する体制として、令和4年3月22日に設置された先進的研究開発戦略センター(SCARDA)から研究費ファウンディングに採択され、4年間支援を受けることになった。
野阪教授は「地方大学でかつベンチャーレベルで選ばれたっていうのはうちのグループの9人だけなんです。採用され驚いています」と話す。
★台湾のTFBS Bioscience社に製造を委託
台湾のTFBS Bioscience株式会社がRSウイルスワクチン開発プロジェクトの製造パートナーとして選ばれ、国際的ガイドラインに沿ったウイルスベクターワクチンの製造工程開発と製造、品質試験、安全性試験を行うことにより、経鼻噴霧型RSウイルスワクチンのヒト治験の早期実現に向けて取り組む。
今後、令和8年の乳幼児を対象としたP1開始を目指し、開発を進める。
★ワクチンのカタログ化
「BC-PIV」に病原体の遺伝子断片を組み込むことによって早ければ3週間でワクチンの種が作製できる。これまでエボラウイルス、新型コロナウイルスに対するワクチンを作製し、動物実験で高い有効性を確認している。
今後、コロナやエボラなど新興最高感染症の遺伝子をカタログ化し、迅速に感染防御型のワクチンを提供できる体制を確立していくという。
野阪教授は「1ヶ月あれば種を作れるので、あとはそれを作る製造ルートができていればかなりスピード感でできると思う。感染症は人類にとって、下手したら危機的状況に陥ったりする。パンデミックに陥ってもすぐに対処できるようなあらゆるプラットフォームを作って、カタログ化しておきたい。癌や膠原病の予防にも対応していきたい」。