鼻に噴霧するだけのBC-PIV
動物実験で高い効果証明
日本全国で新型コロナウイルスの感染が急速に拡大している。政府は緊急事態宣言を延長した。三重県には緊急事態宣言に準じた対応が取れる「まん延防止等重点措置」が適用された。そんな中、ようやくワクチンの本格的な接種が始まった。津市は13日、市内3会場で65歳以上の高齢者を対象に集団接種を実施した。迅速な接種が求められている。
ワクチンは全て海外頼りで、国産は無い。接種が遅れた最大の原因は、承認の遅さと、政府がワクチンの優先確保に失敗したことだ。自国で開発・製造できれば国内での流行に合わせて、必要な時に必要な分の製造が可能だ。輸入に頼ると今回のようにいつ、どのぐらい入ってくるか、全て外国の情勢次第になる。
三重大学大学院医学系研究科感染症制御医学・分子遺伝学分野の野阪哲哉教授と菰野町のベンチャー企業「バイオコモ」は、独自のウイルスベクター「BC-PIV」を作製し、遺伝子組換えワクチン作製のプラットフォーム技術を開発してきた。同技術を用いて新型コロナウイルスに対するワクチンを開発中であることは本紙でも紹介した。
BC-PIVは、風邪の原因ウイルスを遺伝子改変し、病原性を最大限に弱めたウイルスベクターで、経鼻噴霧投与(鼻の粘膜に霧状に噴霧)できるため、注射針が不要。機能的には、mRNAワクチンと同様に抗原遺伝子を運び、さらに抗原タンパク質も同時に運ぶため、効率よく中和抗体産生を誘導でき、鼻粘膜で感染を防御する粘膜免疫抗体も誘導される。
新年早々に行われた東京大学医科学研究所 河岡 義裕教授、理化学研究所(神戸市) 片岡 洋祐 チームリーダーとの共同研究により、従来の動物感染実験では例を見ない高い有効性を確認した。「ハムスターでの新型コロナウイルスの感染防御実験では、1回の経鼻投与で、ワクチン投与の11週間後でも、肺における感染性のウイルス量は、空ベクター投与群に比べて1億分の1未満に減少し、2回投与では鼻腔内のウイルス量は百万分の1未満に減少していた。河岡教授にもこんなに効くコロナワクチンは観たことが無いと言っていただきました」という。
「新型コロナウイルスの根本的な問題は、鼻や喉に残ること。筋肉注射ワクチンでは感染そのものをブロックできない。これまではコロナは発症する前に口や鼻からウイルスが排出され、人にうつしていた。上気道のウイルスを無くさなければ解決にならないが、このワクチンは見事に鼻のウイルスを抑える効果がある。感染自体の防御効果も期待できる」と野阪教授はその利点を解説。
このワクチンは接種にあたる医療従事者も、感染爆発の中危険を押して接種会場に行くことが不要になる可能性もある。鼻にシュッと入れ込むだけなので誰でもできる。開発に期待が高まり、昨年、米バイオベンチャー企業「メディシノバ」と共同開発を発表したが、今春、契約は白紙になった。
◎先駆者・北里柴三郎
かつて日本はワクチン開発の最前線に立っていた。「日本近代医学の父」とたたえられる北里柴三郎が、破傷風菌の培養に成功し、血清療法を確立。この研究を機に世界で初めての水痘ワクチンの開発に成功するなど様々なワクチン開発につながった。
◎予防接種禍で及び腰に
しかし、集団接種で脳性麻痺などの重度後遺症や、ワクチンで無菌性髄膜炎がおき、患者や家族が予防接種訴訟を起こした。相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が敗訴。この結果、製薬業界は新規のワクチン開発に消極的になり、ワクチン開発は海外頼みになってしまった。
◎文科省の承認が壁に
野阪教授は「全てにおいて日本は遅過ぎた。日本では研究に取り掛かるにも文科省の遺伝子組換え実験の承認が下りなければできなかった。途中、追加実験を行うにもまた承認が必要。数か月の遅れが決定的な差になる。」と現状を指摘し、「どれだけ良いものが出きたとしても、国際的にファイザーなどのワクチンで良いという流れになると、製薬会社は撤退する。世界各地で予防接種の治験が進む中、治験自体が今は難しい」と話す。
このワクチンの利点は感染自体の防御効果も期待できることという。変異型ウイルスに対する複数のワクチン候補も作製した。少なくとも、途上国にはmRNAワクチンは現実的ではない。教授は「我々のワクチンがもし仮に製品化という面で、新型コロナに間に合わなくても、次の新興感染症には対処できるよう、GMP製造のルートを早急に作りたい」と次を見つめ意欲を示し、同ワクチン開発の経験を基に、未だに有効なワクチンがないRSウイルスワクチンの製造も目指すという。
国民の命と健康を守るのは国の最も重要な責務。国産ワクチンの開発・供給体制の強化が急がれる。今回のことを教訓にワクチンの開発技術者を育成し、自前でワクチンを用意できるようになってほしいものだ。